緩和ケア医を辞めたいと感じたときに考えるべきこと

緩和ケア医は、患者の終末期を支える極めて重要な存在です。

しかし、その使命感や責任の重さがゆえに、大きな精神的負担を抱えることがあります。

患者との別れが日常である職種であり、その都度の感情の消耗も無視できません。

「このままでいいのか」「もう限界かもしれない」と思う瞬間があって当然です。

本記事では、緩和ケア医が辞めたいと感じる理由、その心理的・実務的背景、代替となるキャリアや転職、辞める前の整理すべき思考などを段階的に解説していきます。

感情に流されて衝動的に辞めてしまうのではなく、納得感をもって自分の道を選ぶためのヒントとなるよう、深く掘り下げていきます。

緩和ケア医を辞めたい理由

緩和ケア医が「辞めたい」と感じる背景には、医療職としての職責や業務の特殊性、そして感情面での負担があります。

患者の死と向き合うことが日常であり、そのたびに情緒が消耗するため、燃え尽き症候群に近い状態になる医師も少なくありません。

また、患者や家族からの期待と現実のギャップに悩み、自責の念を抱えるケースもあります。

ここでは、辞めたいと感じる主要な理由を4つの視点から掘り下げていきます。

看取りによる情緒的な疲弊

看取りの繰り返しは、緩和ケア医にとって避けられない現実です。

そのたびに患者や家族に深く寄り添い、真摯に対応するほど、自分の情緒も消耗していきます。

回復する間もなく次の患者を担当することにより、精神的に回復しきれないまま蓄積されるストレスは深刻です。

それが慢性的になれば、いわゆる燃え尽き症候群の兆候を示すようになります。

感情の起伏を抑え込むうちに、共感力そのものが摩耗していく医師もいます。

情緒的共感の蓄積によるバーンアウト

日々の業務で患者の苦しみに共感し続けることは、美徳でありながら同時にリスクでもあります。

共感力が高い医師ほど、感情の受け止めすぎにより自己の限界を超えてしまうケースが見られます。

共感疲労によって眠れなくなる、夢に患者が出てくるといった症状が現れたら、注意が必要です。

毎回の看取りに自分の心を使い切ってしまう

患者の最期を看取るたび、自分の中で何かが削られていく感覚になる医師もいます。

「もうこれ以上、誰かの死に立ち会いたくない」と思う自分に罪悪感を抱くこともあります。

しかし、それは異常なことではなく、むしろ自然な感情反応です。

患者との距離が近いため別れが重い

緩和ケアでは、単に医学的に治療を行うだけでなく、心のケアや人生の終い方までサポートします。

そのぶん患者や家族との距離が近くなり、死別の際のダメージも大きくなります。

「割り切れない」関係性が、医師自身の回復を難しくしているのです。

患者・家族対応のストレス

緩和ケアでは、患者本人だけでなくその家族への対応も重要な業務の一環です。

そのため、医学的に正しい判断をしても、家族側の感情と食い違うことで不満やクレームにつながることがあります。

また、本人の意思と家族の希望が異なる場合の対応にも強いストレスがかかります。

「誰のための医療か」「何を優先すべきか」に迷い、精神的に疲弊する医師も少なくありません。

理想と現実のギャップ

「できる限りのことをしてあげたい」という思いと、現実的に限界がある医療の間でジレンマに陥ることがあります。

特に延命処置の可否に関して、医師と家族との意見が対立すると、心理的負担は非常に重くなります。

「延命したい」希望と医学的限界のすれ違い

「少しでも長く生かしたい」と願う家族に対し、医師としては苦痛を和らげることを優先するべきと感じることもあります。

このズレをどう埋めるかは、医師にとって非常に難しい問題です。

説明のたびに誤解や対立が生まれることもあります。

家族ケアに時間を割かれる負担

緩和ケアでは、患者本人以上に家族への説明・対応に時間がかかることもあります。

家族が抱える不安・悲しみ・怒りの感情を受け止める必要があるため、業務負担が増大します。

結果的に「医療行為よりも説明ばかりしている」と感じることがストレスにつながります。

チーム医療における葛藤

緩和ケアは、医師だけで完結するものではありません。

看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー(MSW)など多職種で連携する必要があり、職種間の意見や方針の相違がストレスを生むことがあります。

とくに役割や責任が曖昧なままだと、負担の偏りやトラブルの原因になります。

意思決定の場で意見が対立した場合、それが医師自身の心理的な圧迫につながります。

役割と責任の不明瞭さ

チーム内で「誰がどこまで担うか」が明確でないまま進行すると、医師に責任が集中することがあります。

特に病院内の体制や文化によっては、曖昧な業務分担が常態化しており、ミスやトラブルの温床になることもあります。

看護師・MSWとの連携トラブル

看護師やMSWが患者や家族と独自のコミュニケーションを取る中で、医師の説明と食い違いが生じることがあります。

その食い違いを患者側に指摘されると、医師の信頼に傷がつく場合もあります。

主治医と緩和担当の意思相違

主治医が「まだ積極治療を続けたい」と考えている一方で、緩和医は「痛みの緩和に集中すべき」と考えるような場面も多くあります。

このような価値観の違いは、緩和医にとって大きな葛藤になります。

キャリアパスの閉塞感

緩和ケア専門医という肩書きを持っていても、その後のキャリア展開が描きづらいことがあります。

管理職や大学教員などへの道が限られており、年齢を重ねるほど将来像を見失う不安を抱えることも。

また、他診療科への異動や再教育の機会が少なく、選択肢が限られる現実もあります。

将来像が描けない不安

現在の業務は大切でも、5年後・10年後の自分がどうなっているかを想像できないまま働き続けている医師は少なくありません。

それが結果的に「辞めたい」という気持ちに拍車をかけます。

専門医取得後の成長機会の少なさ

緩和ケアの専門性は高いものの、それ以上の学習・研鑽の機会が少ない施設もあります。

常に成長を望む医師にとっては物足りなさを感じる環境です。

教育・研究へ進みにくい職場環境

大学病院や研究機関に属していない場合、教育・学会発表・論文執筆の機会が限られるため、医師としての成長実感を得にくくなります。

緩和ケア医の職場環境と待遇の課題

緩和ケア医の業務は、精神的な負荷に加えて、労働時間や報酬の面でも課題があります。

夜間の呼び出しや急変対応、家族への説明など、見えにくい業務が多く、時間的・体力的に大きな負担を強いられています。

また、専門性の高い職種であるにもかかわらず、報酬面では他の診療科に比べて低く評価されがちな傾向もあります。

勤務時間と当直の負担

終末期患者のケアでは、夜間の状態変化や急な容体悪化に対応する必要があり、当直やオンコールが常態化しています。

土日・祝日でも容体変化があれば即座に対応が求められ、休日がほとんど休めないケースも多くあります。

その結果、慢性的な睡眠不足や体調不良を訴える医師も少なくありません。

24時間体制の重圧

いつ呼び出しがあるかわからない状況が続くことで、心が休まらない状態が慢性化します。

自宅にいても気が抜けず、心身の回復が困難になります。

夜間対応が多く慢性的な睡眠不足

夜間の訪問診療や急変対応が続くと、日中の判断力や集中力にも影響を及ぼします。

長期的に見ると、身体面・精神面ともに深刻な健康リスクを招く可能性があります。

突然の急変で休日も気が休まらない

「休みの日なのに呼び出された」「外出できずに待機していた」といった声も多く、プライベートの確保が難しいのが現状です。

報酬面での不満

緩和ケア医は、高い専門性と感情労働を担っているにもかかわらず、報酬面での評価が十分でないと感じる人も多くいます。

特に自由診療ではない領域のため、保険診療報酬に左右される点も一因です。

貢献と報酬の不均衡

患者や家族から感謝される一方で、収入には反映されにくいと感じる場面もあります。

医師としての存在意義を感じながらも、生活面での安定には不安が残るという声がよく聞かれます。

高負担の割に年収が伸びにくい

他の診療科(外科・内科など)と比較して、手術や高額治療がない分、報酬水準が上がりにくい現実があります。

他科との差を感じる昇給制度

病院によっては、緩和ケア医が出世・昇格のルートから外れがちなこともあり、昇給ペースに差が出るケースもあります。

緩和ケア医特有の心理的ジレンマ

緩和ケア医としての使命感は強い一方で、辞めたい気持ちとの狭間で苦しむ医師も少なくありません。

感情を押し殺して患者や家族に向き合い続けることで、いつしか心が悲鳴を上げることがあります。

「この仕事は意味がある」と思いながらも、自分自身が壊れていくような感覚に襲われることもあります。

ここでは、そのような心理的葛藤を2つの側面から見ていきます。

使命感と辞めたい気持ちの板挟み

「誰かの役に立ちたい」「患者を支えたい」という気持ちは、緩和ケア医に共通する原動力です。

しかし、その強い使命感が時に自分自身を縛り、限界を超えてしまう要因にもなります。

自分を犠牲にしてまで誰かを支えることが、本当に持続可能なのかを問い直す必要があります。

患者第一か自分の人生か

仕事に没頭するあまり、自分の健康や家庭を後回しにする生活が続くと、人生そのものへの疑問が湧いてきます。

「このまま仕事だけで終わっていいのか」といった根本的な問いにぶつかることもあります。

患者に寄り添うことをやめられない矛盾

辞めたい気持ちがありながらも、目の前の患者を放ってはおけないという矛盾した感情が医師を苦しめます。

自分を犠牲にしてしまう傾向

「自分が頑張らないと誰が支えるのか」という責任感が、結果的に過労や心身不調につながることもあります。

誰にも相談できない孤独感

医師という立場上、弱音を吐きにくく、周囲に相談できずに苦しむケースが多く見られます。

また、同僚や家族に話しても十分に理解されないことが孤立感を深める要因となります。

悩みを共有できる場の少なさ

職場内に同じような悩みを持つ仲間がいない場合、自分だけがつらいのではないかという孤独感に苛まれます。

同僚にも言い出せない閉塞感

「弱い」と思われたくない、「責任感がない」と誤解されたくないという思いから、口を閉ざしてしまう医師も多くいます。

医療者コミュニティの構造的孤独

医療現場では「つらい」「辞めたい」と言うことがタブー視される傾向があり、構造的に孤独を助長する文化があります。

辞める前に整理すべきこと

「辞めたい」という感情が芽生えたとき、すぐに行動に移すのではなく、まずはその気持ちの背景を丁寧に整理することが重要です。

自分が何に苦しんでいるのか、どこに問題の本質があるのかを把握することで、次の選択肢が見えてくる可能性があります。

また、家族や第三者と相談しながら、冷静に今後を考えるプロセスも欠かせません。

自分が辞めたい本当の理由の分析

感情的なつらさの裏にある「本質的な不満」は何か、自分の内面と向き合う必要があります。

一時的な疲労か、構造的な問題かを区別することができれば、対処の方向性が変わります。

一時的な疲労か構造的問題か

忙しさがピークに達しているだけなのか、それとも働き方そのものに無理があるのか、冷静に振り返ることが重要です。

日記や相談記録で感情の傾向を把握

「どんなときに辞めたいと感じたか」を書き留めていくと、辞めたい理由が見えてきます。

「辞めたい」の根底にあるニーズを探る

自分は何を求めているのか(休息・成長・安心など)を明確にすることで、対応策を見つけやすくなります。

家族・パートナーとの相談

転職や退職は、家族にも影響を及ぼす重大な決断です。

自分の考えをしっかりと伝え、生活面・経済面での影響についても率直に話し合うことが大切です。

生活設計の見直し

収入や働き方が変わることを前提に、家計や時間の使い方を再設計する必要があります。

収入減に備えたシミュレーション

退職後の収入ダウンに備えて、生活費や貯蓄を再確認しておくと安心です。

子どもの教育や住宅ローンとの兼ね合い

特に長期にわたる支出計画がある場合は、慎重に見通しを立てておく必要があります。

第三者の意見を取り入れる

自分だけで判断せず、外部の専門家や信頼できる人に意見を聞くことで、視野が広がります。

キャリアカウンセラーや精神科医のアドバイスは、新たな視点を提供してくれるでしょう。

外部の専門家による客観視

自分では気づけない適性や選択肢を示してくれることがあります。

キャリア相談・精神科カウンセリング

感情面とキャリア面を切り分けて整理できるよう支援してくれます。

匿名での医師専用コミュニティ活用

他の緩和ケア医の体験談に触れることで、自分の立場を客観視できるようになります。

緩和ケア医からのキャリアチェンジ先

緩和ケア医としての経験は、他の医療分野や職種でも活かせる可能性があります。

今まで積み重ねてきた専門知識や患者への共感力を土台にして、新たなキャリアを築くことは可能です。

ここでは、緩和ケア医から転職しやすい・相性の良い職種を3つ紹介します。

在宅医療クリニック・訪問診療への転職

緩和ケアで培ったスキルをそのまま活かせる職場の一つが、在宅医療です。

特に終末期医療に関しては、緩和ケアの考え方と訪問診療は親和性が高く、スムーズに転職しやすい分野です。

緩和スキルの活用と負担の分散

患者との関係性は保ちつつ、病院ほどのハードスケジュールにならずに働けるため、身体的・精神的負担が軽減されます。

患者との関係は続くが勤務負担が軽減

訪問診療はスケジュールを柔軟に組めることが多く、自己裁量も大きいです。

柔軟なスケジュールで家族との時間も確保

勤務時間を調整しやすく、プライベートの充実も図りやすくなります。

産業医・企業医への転職

企業に所属し、従業員の健康管理を行う産業医は、医師免許を活かしながらも死と直接向き合わない仕事です。

心身の安定を取り戻すためにこの道を選ぶ医師も少なくありません。

死と距離を置ける医師の選択肢

日常的に終末期に接していた生活から一歩離れ、別の角度で医療に関わることができます。

メンタルヘルス支援など別の形の貢献

社員のストレスケアや健康相談など、緩和ケアとは違うが重要な役割を担う仕事です。

規則的勤務と年収安定のメリット

土日休み・定時退勤が可能な企業も多く、家庭との両立にも向いています。

医療教育・研究職への転職

大学や専門学校、看護師・介護職向けの研修講師など、教育の分野でも活躍の場があります。

臨床経験を活かして若手を育成することにやりがいを感じる医師もいます。

知識・経験の継承というやりがい

自分が学び続けてきたことを、次世代に伝えることで、新たな貢献を実感できます。

若手医師への指導で成長を実感

教育現場で学生や研修医と接することで、再び医療に対する情熱を取り戻す医師もいます。

大学・専門学校での非常勤講師など

非常勤での関わりからスタートできるため、柔軟にキャリアを移行できます。

辞めた後に後悔しやすいケース

辞めるという選択肢は、必ずしも後悔を生むわけではありません。

しかし、準備不足や感情に任せた決断だった場合、辞めたあとに深い後悔を感じるケースもあります。

ここでは、実際に辞めたあとで生じやすい後悔について、代表的なパターンを紹介します。

辞めた後の「燃え尽き感」

長年にわたって強い使命感を持って働いていた人ほど、辞めたあとに「自分には何も残っていない」と感じやすい傾向があります。

緩和ケアという重厚な仕事を辞めた反動として、アイデンティティを失ったような感覚に陥ることがあります。

自分の価値を見失う危険性

「患者に寄り添ってきた自分」が消えたことで、自己肯定感が下がり、無力感に包まれることもあります。

「やめたあと、何が残るのか」と悩む

仕事以外に打ち込めることがないと、時間を持て余し、自分の存在意義に疑問を感じることがあります。

達成感や承認が得られない新環境への戸惑い

緩和ケアでは患者や家族から直接的な感謝を受ける場面が多いため、それがない環境に移ると物足りなさを感じることもあります。

異業種転職でのミスマッチ

医療以外の分野に挑戦することは悪いことではありませんが、カルチャーや働き方の違いに戸惑い、ミスマッチに苦しむ人もいます。

医療以外の世界の難しさ

医療現場特有の価値観が通じない場面に直面すると、孤立感を覚えることがあります。

コミュニケーションの文化差に困惑

業界ごとの言葉遣いやルールの違いがストレスになることもあります。

専門性を十分に活かせないもどかしさ

これまでのスキルが評価されにくい環境では、やりがいを感じづらくなることがあります。

緩和ケア医としての新しい働き方

緩和ケア医として完全に職種を変えるのではなく、働き方を見直すことで自分にとっての最適解を見つけるケースも増えています。

常勤医ではなく非常勤やフリーランス、または副業を組み合わせたパラレルキャリアなど、柔軟な働き方の選択肢が広がっています。

非常勤・フリーランスでの働き方

常勤ではなく非常勤勤務に切り替えることで、勤務日数や勤務時間を自分でコントロールできるようになります。

1つの病院に縛られず、複数の施設でスポット勤務するスタイルもあります。

働き方の裁量を自分で決める

週2〜3日の勤務、午前中だけのシフトなど、自分のライフスタイルに合わせて働ける点が大きな魅力です。

自由だが自己管理が求められる

時間的な自由を得る代わりに、スケジュール管理や収入安定への責任は自分にあります。

スポット勤務や派遣医師などの選択肢

人手不足の病院で短期間だけ働く「派遣医師」や「定期外来」など、スポット的な働き方も可能です。

副業やパラレルキャリアの活用

本業の緩和ケアと並行して、別の仕事を組み合わせることで、精神的バランスを取ることもできます。

最近では、医師ライターや講師業など、多様な副業が注目されています。

複数の仕事で精神的バランスを取る

ひとつの仕事に全エネルギーを注ぐのではなく、複数の活動を持つことで、心の安定を図る医師も増えています。

医師ライター・メディカル講師として活動

自身の経験や専門知識を活かして、医療記事を執筆したり、講演・研修で伝える活動が可能です。

自分の専門性を社会に広く還元する道

緩和ケアの現場で培った経験を、多くの人に届ける手段として副業は有効です。

緩和ケア医を辞めたいときは冷静な判断を

緩和ケア医として働く中で「辞めたい」と感じることは、決して異常なことではありません。

むしろ、それだけ誠実に患者や家族と向き合い、全力を尽くしてきた証でもあります。

しかし、衝動的な判断や孤立した決断は、後悔を招く可能性もあります。

辞める前に立ち止まり、自分の本心としっかり向き合い、複数の選択肢を視野に入れて判断することが重要です。

感情に振り回されず、「自分はどう生きたいのか」「どんな医師でありたいのか」という軸を取り戻すことが、納得のいく人生選択につながります。

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